蒼夏の螺旋 “今日は何の日?”

 


基本的には週休二日。
でもでも、企画部のホープにして係長さんともなれば。
他社との合同企画なんぞに関わっておれば、
休日返上の会議や会合なんてのは当たり前だし、
それが“イベント”だと、
開催される日は一般の方の休日が相場と決まってる。
例えば、新世代機器の販売促進企画とか、
それを使っての次世代の生活を考えよう的な、
多角的相互総合企画とかならば。
通年規模の、大プロジェクトにもなろうから。
家族そっちのけという順番になってしまっても、
そこは仕方がないよな…と。
小さな奥方、でもでも、
ご亭主との再会前に、ビジネスエージェントと暮らしていたせいか、
そういう我慢は山ほど体験済みなので。
今更子供じみた駄々はこねない出来た嫁なのだが。


 「?? ゾロ、今日は会合とか言ってなかったか?」

仕事の内容にまでは踏み込まない奥方なので、
どこの誰さんと何をしているというところまでは、
全くもって知らぬままだが。
それでも、その日その日の所在や帰宅時間程度なら、
毎朝とか前日とかに、さりげなく教えてもらってあるはずなのに。
その伝で言えば、
今日は夕食を取りつつの懇親会があるとか、
出がけに言っていたはずのご亭主が。
だのに、
ほぼ、いつもの定刻に帰宅をしたゾロで。
しかもしかもその手には、ちょっぴり高級なパティスリィの化粧箱。
帰って来たものはしょうがない、
さぁさ上がってと促しつつ、玄関口から踵を返せば、

 「もしかして夕飯の支度はしてないんだろ?」
 「う…ん。」

上がって来つつもそんなことを聞くゾロなのへ、
ルフィとしては、図星なのが微妙に癪だったのだけれど。

 「だってさ、
  ゾロがいないんじゃあ何か作ってもしょうがないし。」

今からホカ弁かハンバーガーでも買いに出ようか、
それともピザの宅配でも頼もうかと思ってたと。
少しばかり…面白くないこと、思い出させたと言いたげに、
頬を膨らませたルフィだったけれど。

 「嘘ついたことになんのかな、これ。」

びっくりさせたかったんでなと、
着替えないままのスーツの懐ろへ、その大ぶりな手を忍ばせて。
そのまま摘まみ出したのが、細長い封筒。
ほれと、差し出されたそれとそれから、

 「ん。」
 「? あ、おう、これか。」

延ばされた手へ、ケーキ店の化粧箱を素直に渡せば、
よしと、確認するかのように頷いて、リビングまでをたかたかと進む。
ちょっぴりルーズな襟元が、
左右アンバランスな割合で肩へ引っ掛かっているセーターはモヘア。
柔らかな輪郭の淡色をまとった小さな背中は、
何とはなく素っ気なく。
嘘をついたの、怒っているようにも見えたのが、

 “あちゃあ。”

持って来ようがまずかったかなぁと、
企画するのがお仕事な割に、
この奥方には仕掛けを仕組んだことの滅多にないご亭主。
びっくりさせるつもりだったのが、見当違いな結果になりそうかもと、
今になって少々臆病になりかかったものの。
リビングのソファーに腰を下ろした奥方、
テーブルに置いた箱をまずはまじまじと眺めやり、

 「…Y橋のアンダンテか。」
 「お、おう。」

Q街の本店とは違って、
リーズナブルな取っ付きやすいケーキがたんとあることから、
今年話題となったパティスリィ。
殊にモンブランが絶品で、そろそろ栗の季節も終わりなせいか、
和栗の〜と銘打ってたシリーズは、
クリスマスケーキを最後に来年までお別れだとか。
それがまたまた話題になってて、
普通のモンブランも、連日 午後一番に売り切れていると聞いたので。

 「…和栗のモンブランだ。」

何だかんだでルフィもまた忙しい身なので、そうそうY橋まで出掛けられない。
夕刻間近でないと通りかかれないゾロにも、
恐らく買うのは無理だろと、頼めないままでいたそれが、
ひょいと目の前へお目見えしたのへ、

 「???」

誕生日でもないし、クリスマスはまだ先だ。
だのに何でまたと怪訝そうなお顔をしたルフィへ、

 「だってほれ。今日は“妻の日”らしいから。」

いかにも日本人が考えた語呂合わせらしいけど、

 「伴侶に感謝って意味なら、
  俺も乗っからないとって思ったから…。」

だからあのそのと、ルフィ奥様、表情があんまり動かないものだから。
これは外したかなという感触を、じわじわと感じ始めたその矢先、

 「そっか、そういう日じゃないと、
  ゾロは俺ンこと妻だって意識してねぇんだ。」
 「な…っ。」

ぼそりと呟いた声へ、何 言い出すかなと言い返しかかったものの、
そうまで落ち込まれたなんてという、あたふたの方が大きくて。
そうかそういう解釈も出来るんだ、
やっぱり俺って気障なセッティングとかお膳立てなんてのは、
向いてない男なのかな…と。
不安材料が頭の中をグルングルンしかかったその矢先、

 「なぁんちゃってvv」

俯きがちだったお顔が上がり、へへ〜っと笑っていたのを見て。
あっと言う間に、肩から力がどっと抜けた旦那様。

 「る〜ふぃ〜〜〜。」
 「何だよ、騙したには違いないじゃんか。」

でもな、ゾロが俺んことたった1日しか大事に思わねぇなんて、
そんなの絶対にありえねぇしと。

 「毎日大事にされてるしvv」

楽しそうに微笑うお顔こそ、
大事にし甲斐のありまくりな愛らしさ。
あ、これって“黄金律”の優待券だと。
渡した封筒のほうへもやっと関心が向いてくれて。
新進気鋭のオーナーが、
他に持ってる高級志向の店とは別口、
ひたすら美味い肉を最良のまま提供したくてと、
渾身のプロデュースをしたという鉄板焼き店で。

 「予約したのか? 凄げぇなぁ。」

ここって、日に5組だかしか予約取らないから、
なかなか行けないってテレビで言ってたぞ?と、
彼なりに情報通な奥方へ、

 「俺を誰だと思ってる。」

やっとのこと、胸を張れた旦那様なのへ、しょってらぁと笑ってから、
じゃあ、支度するからちっと待ってなと、
寝室へ向かいかけつつ、だが、化粧箱から手が離れないルフィだったので、

  そっちは帰ってからの夜食にすればいいんじゃないのか?
  あ・そっか。

屈託のない君が好きだよと、
元気をくれてありがとうと。
感謝はいくらしたって足りないほどの旦那様からの贈り物。
にっこり笑って受け取っちゃう、そんなおおらかさがまたしても、
ご亭主を喜ばせてしまう、これこそが幸せのスパイラル。
クリスマスとは別口の幸せな夜を、
どうか存分に楽しくお過ごしくださいませねvv




  〜どさくさ・どっとはらい〜  10.12.03.


  *1月31日は“愛妻の日”
   12月3日は“ワイフ・サンクス、妻の日”だそうで。
   う〜ん、微妙微妙。
(笑)

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